思わず発見 【クルマが運ぶエピソード⑦】『センセイのクルマに乗って』著:ゆりいか
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  • 2017.07.25

【クルマが運ぶエピソード⑦】『センセイのクルマに乗って』著:ゆりいか

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1・恩師なんてそうそういるもんじゃない

高校を卒業するまで、尊敬できる先生がいなかった。

勉強は好きだったし、部活にも真剣だったし、中学の頃は生徒会もやったけれど、先生というのがどうにも苦手だった。

別に悪い先生ばかりだったわけじゃない、中には親切にしてくれた人だっていたはずだ。

しかし、なんだか自分はいつも放っておかれている気がしていた。

周りにヤンキーや不良が多かったせいだろうか、先生が授業中に気を配るのは常に態度が目につきやすい生徒たちで、ただ真面目に黒板に向かっていた僕は「面倒を見なくても大丈夫な人間」に含まれていたのかもしれない。

「お前だったらそんなことしないと思っていたのに」
「君はもっとできると思っていた」
「信頼しているから任せられていたんだけどな」

僕が先生に呼び出されて説教される時は、だいたいこの3パターンのどれかの言葉が常套句だった。

「たいして僕のことなんて見ていないんだろ」と、心の底では思っていたけど、口には出せなかった。

もちろん「尊敬できる」というのは「自分のことを見てくれている」とイコールというわけではない。

見てくれていなくても、授業がうまいとか、部活の指導が上手とかで、尊敬できる先生はいるはずだ。

それでも自分はまるで常に後部座席に乗せられているような気がして、先生の横で一緒に走っているような気分になるようなことはなかったのだ。

僕は多分、自分の走る姿をとなりの席でずっと見てくれるような、そんな先生を求めていたのかもしれない。

少なくとも高校までは。

2・教壇に立たなかったセンセイ

マイク

これから話す教師のことは、ややこしいのでセンセイと書こう。

本当はいろいろなアダ名を生徒からつけられている人だったけど、自分は「センセイ」としか呼んでなかったし、僕にとってはそれが1番しっくりくる。

たしか大学2年生の春だった。

学年が1つ上になり、基礎科目の講義が減る分、自由に選択できる講義が増えたため、僕はなるべく出欠を取らない授業を選ぶようにした。

正直に言えば、遊びたかったのである。

教授や講師たちとの関係は希薄だったし、特に勉強したいことも見つからなかったので、グダグダと日々を過ごすのが1番気楽だった。

それに、これまでの経験から、先生なんてそんなに面白い人間はいないんだろうと思い込んでいたのだ。

今思えばダメ学生の典型である。

ただ、いくら出欠を確認しない授業でも初回のオリエンテーションの時は出ないといけない。

その日は、数ある中で講義名が面白そうだった「創作方法論」という小説の講義の第1回を受けることにした。

たくさんの学生であふれる大教室の端の方でぼんやり待っていると、頭をポリポリと掻きながら、センセイは現れた。

30代後半くらいの小柄な男性ということ以外は特に特徴に残らない外見だったが、青いフレームの眼鏡がとても似合っていたことだけは覚えている。

センセイはおもむろに教壇の端にドテっと座り込んで、マイクを両手で覆うようにして持ち、ボソボソと話し始めた。

「あれ 教壇に立たない」
その時点からすでに何かが変だった。

「第1回目の講義でこんなことを言うのもアレですが、さっきまで駅前のパチンコ屋で2時間くらい打っていたんですよ。最近、新しく出た海を泳ぐ人魚の機種やらないといけないなって思って。ところがね、事前に確率を確認したらいい台が無くてですね。あ、そうそう知らない人もいるかもしれないですけど、最近のパチンコっていうのは、どの台から今日はどれくらいの大当たりが出たかっていうの事前に調べられるんです。」

これは本当に講義なのか
と、出席者全員がポカーンとした顔をしていた。

いきなり、教壇の端でボソボソしゃべる危ないおじさんが来てしまったのではないかと、不安になってしまった。

それを意に介さず、センセイはパチンコの話に火が付き、どんどん早口になりながら語り始めた。

「たとえば、その台から出るか出ないかっていうのは、1回1回の確率に過ぎないという考え方をするのが普通なんですが、どうしてもプレイヤーというのは、全体に運の流れがあってそれを読み込むことが勝つ方法だと考えがちです。偶然から勝手に物語を読み込んでしまうという現象こそ、私たちが物語というものを考える上で、意識しなくてはならないものでして、まさしく自分が唐突にパチンコの話をし始めたということも予期しないトラブルのように皆さんは思うでしょうが、それに理由が付随し、事前事後の流れが整理されはじめると、次第に理解できるようになってしまう。それが物語の持つ力の1つです。」

よくよく聞いてみると、パチンコの話を語りながら、ちゃんと講義は進んでいた。

いや、講義をしながら、パチンコについて語っていたのかもしれない。

よどみなくペラペラと話し続けるセンセイの言葉に、学生はどんどん引き込まれていった。話はいつの間にかパチンコから、少年マンガの話やゲーム、ドラマの話になり、夏目漱石の小説についての解説が始まったあたりでベルが鳴った。

「あれ そうかこの大学の講義はこの時間までだっけ ま、こんな感じで講義しますので来たい人は来てください。あとパチンコの質問とかも歓迎します。初めてでも勝てるようになる方法くらいなら教えられるんと思うんで、それじゃね。」

いそいそとマイクを片付け、またポリポリ頭をかきながら去っていくセンセイを見て、僕はもうこの人にずっと付いていこうという気になっていた。

惚れていたというのが正直なところかもしれない。
こんな講義聞いたことがなかったのだ。

それから講義は最前列に座って真面目に聞くようになった。

本当にどんな話も面白かった。

自分の好きな本や映画をますます好きにさせてくれるような解説に夢中になっていた。

センセイは授業後にアンケート用紙を配っていたので、細かい文字で質問を埋めて渡した。

大分、熱の入った恥ずかしいものを書いた記憶がある。

授業中に採用されることもあれば、メールで返信がくることもあった。とにかく読んでくれているみたいで嬉しかった。

今思えば、憧れのラジオパーソナリティに手紙を送るハガキ職人の気分だったのかもしれない。そんなノリで提出課題だった小説やレポートを出した。とにかくセンセイに自分を見てもらいたかったのだ。

3・モグリの学生になった日

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大学での講義も終盤を迎えた日、授業が終わった後にセンセイがボソッと、他の大学の話を始めた。

「1番自由にやらせてもらっている授業が他の大学の夜間の時間にあってですね、そっちの方だったら終わった後に飲み会とかできるんだけどね…こっちの授業では難しいかな。本当はもっと受講している学生同士で仲良くなってもらった方がいいのだけど。」

すぐに、センセイの名前をネットで調べてどの大学の何という講義だったのかを特定した。

そして、センセイに何も告げずに、その大学へ勝手に潜入することにした。

とんだストーカーである。

熱中している僕には「センセイなら許してくれるだろう」という勝手な信頼があったのだ。

その大学は、僕の住んでいる場所から1時間ほどの場所にある、結構な高偏差値の大学だった。

僕みたいなのが入っていいのか、一瞬迷いもしたのだが、あたかもその大学の学生のフリをして、センセイの授業に紛れ込んだ。

夜間に始まるその授業は、小さな講堂だった。僕が入るや否や、センセイが静かに苦笑したのを覚えている。

「来ちゃったかー…」
講義終了後、センセイは僕に話しかけてきた。
「来ちゃいました」
「ま、出席は君の大学と同じでとらないから問題ないか。例によってこの後飲み会あるけど来る」
「もちろん」

初モグリで飲み会まで参加。もちろん浮いちゃうだろうなと思っていたら、周囲の人たちはとても優しい人たちばかりだった。

中でも驚いたのは、僕と同じように自分からモグリの学生になった人が数名いたのである。

「君はどこの学部なの」
「いや、実は僕この大学じゃなくて」
「そうなのか、大丈夫。座ってるあいつとあいつも大学卒業してから勝手に受けに来てるし。ところで授業に出てきた谷崎潤一郎のこの小説の…」

飲み会は2次会まで続き、その間ずっと自分の好きな本の話を参加者の人と語り合った。

センセイは場が熱く盛り上がるのを、やはりニコニコしながら聞いていた。

不思議だったのは、センセイが1度もお酒に手を付けないことだったけど、ちょうど議論も白熱していたので、特に勧めることもしなかった。とにかく楽しい夜だったのだ。

終電を逃して気がついたら朝。

1人ひとりと帰り始め、酒場も静かになった頃、センセイが僕を含んだ参加者3人に言った。

「君たち遠いでしょ 大学近くまでだったら、クルマで送っていくよ」

4・いつかクルマでセンセイを迎えに

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あとになって「酒を飲まなかった理由はクルマの運転があったからなのか」と思うのだけど、その時の僕はとにかくセンセイとまだ話したいあまりに、気づかなかった。

助手席を選び、後部座席でいびきをかく人たちを無視して、センセイにあれやこれやと文学についての話を持ちかけた。

こまめにあいづちを打ちながら、センセイは静かにこんなことを言った。

「君は書くことが好きなんだと思う。多分、これから学んだり仕事したりすることも、全部書くことにつながっていくんじゃないかな。肩書とか気にせず、書きたいことを書けばいいさ。そうやっていれば誰かに届けられるんだから。」

それから、自分が以前提出した小説やレポートについて事細かく話してくれた。僕は自分の姿をこんなにしっかりと見てくれていたことに感動して胸がいっぱいだった。

朝日の昇る環八通りは、視界がすっきりとしていて何もかもがクリアに見えた気がした。

センセイのクルマの冷房の風が、自分の額を撫でるような力で当たるのが心地よかった。

それから、センセイの講義には卒業までモグリ続けた。

そこでずいぶん多くの友人が出来たり、いっしょに雑誌を作る仲間が出来たりした。

おそらくセンセイがいなければ、書き物仕事につくこともなかっただろう。

ただ、卒業後、就職に失敗してから合わせる顔がなくなって、あいさつに行けないまま、かれこれ6年が過ぎてしまった。

風のウワサで、ずいぶんと苦労されて白髪が増えたという話を聞いたが、本当のところはわからない。

今の僕の夢は、センセイともう一度クルマに乗ることだ。今度は僕が運転席で、センセイが助手席に乗ってくれたらいい。

そして、昔みたいに好きな文学の話なんかをして、お互いの大切なことについていっしょに語らいたいのである。

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