思わず発見 【クルマが運ぶ、エピソード②】『十和田湖、奥入瀬にて』著:ゆりいか
  • 思わず発見
  • 2016.12.16

【クルマが運ぶ、エピソード②】『十和田湖、奥入瀬にて』著:ゆりいか

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歌舞伎町ゴールデン街の文壇バーで活躍する、ゆりいかさんがクルマのある生活を綴るエッセイ”クルマが運ぶ、エピソード”。高校時代の父親とのエピソードに続く第2回目の舞台は、青森県十和田湖。

前回(http://www.alpine-driveseminar.com/column/id_essey/
高校生だったゆりいかさんが社会人となり上京しました。都会での生活に心身共に疲れ果てていたゆりいかさん。そんな中、だらだらと続く遠距離恋愛の彼女の家に行くことになります。

名曲「木綿のハンカチーフ」、そして十和田湖、奥入瀬へのドライブがゆりいかさんにもたらした変化とは―?

クルマが運ぶ、エピソードシリーズはコチラから!

【クルマが運ぶ、エピソード①】『灰色の街を父親と』著:ゆりいか

彼女と『木綿のハンカチーフ』

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「君は『木綿のハンカチーフ』という歌を知っていますか?」

交際している彼女のお母さんと食事を共にした時、最初にそう投げかけられた。もちろん、僕は『木綿のハンカチーフ』を知っていたし、その質問の意味するものも知っている。

しかし、答えることなどできなかった。無理に笑顔をとりつくろって、曖昧に小首をかしげるのが精一杯だった。それは、懐かしい歌の知識テストなどではない。

「わたしは、この歌が好きなんです。いつも、君の話をあの娘から聞かされる度に思い出します。」

そうなんですか、それはそれは…声になっていない相槌を入れ、無理矢理にご飯を口にかきこみ、甘さを感じるまで必要以上に噛み締めた。温かいはずのご飯は舌の上でゆっくりと冷めていった―。

『木綿のハンカチーフ』とは、70年代にヒットした太田裕美の楽曲だ。印象的なのはその歌詞である。

田舎から東京に出てきた男性と、田舎に残り続けている女性との手紙のやり取りのような歌詞で、男性パートと女性パートが交互に入れ替わる。

そのやり取りを聴いていくと、2人が遠距離恋愛をしていること、男性のほうが都会の刺激的な生活に少しずつ染まっていること、女性が男性のことを気にかけながらじっと耐えていること、2人の間には少しずつ距離が生まれていることが分かってくるのである。

はじめは、こんな身勝手な男に振り回されて女の子はかわいそうだなとぼんやり思いながら、時おりカラオケで歌ってみるくらいのものだった。

今にしてみれば、これほど歌いにくくなった曲は他にないかもしれない。遠距離恋愛をダラダラと6年も続け、その間なにも良い知らせを彼女に送ってやれていない僕としては、非常にバツの悪い歌なのである。

実家のある青森で就職を決めた彼女と、福岡から東京に出てきてダラダラと出版社でバイトをしていた僕。出会ったのは6年前のとあるイベントだった。僕がネットに書き散らしていた文章をずっと読んでくれていたという彼女がわざわざ僕に会いに青森から来てくれたのである。

仲良くなるのにそれほど時間はかからず、流れるように付き合うことになった。しかし、現状どちらかがすぐに住居を移すということもできない。

会えない日は毎日のように電話をし、まとまった休日にどちらかが、東京か青森に赴いて一緒に過ごすということを繰り返していた。

もちろん、何度かいっしょに住もうと計画してみた。しかし、それぞれの家計の事情や、やりたいことの食い違いなどがあって、結局中途半端な立ち位置をずっと続けざるをえなかった。要するにタイミングがつかめなかったのである。

追い立ててくるような時間の中で。出発―

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僕が彼女の実家にお邪魔することになったのは、ようやくタイミングを掴んだということではない。むしろ、きっかけはとても情けないものだ。

1日中、終電までパソコンに向かって文章をカタカタと打ち込むことに疲れてしまって、仕事を離れ、家に引きこもっていたのを見かねた彼女が、僕にこっちで休養をとることを勧めたのである。

誰にも合わせる顔はなかった。その頃、1日布団にくるまって死んだように眠る日々を繰り返したせいで表情の作り方も忘れてしまったし、身体にも贅肉がブクブクとついて、まるで僕は子豚のような姿だった。

何より、気持ちがまるで動かなかった。感情は、普段それが心に浮かび上がらなければ、少しずつ無になってしまって、静かに消えていく。

そうやって、いろんな感情が消えていけば、あらかた残るのは「つらい」とか「ねむい」とか、そういう取り留めのないものばかりになる。その頃の僕は、大体そんな感じだった。

最も辛かったのは、常に時間に追い立てられているという感覚だった。的確に時間を使い、スケジュールを埋め、効率よく仕事をこなすように周囲も自分自身も求められていた。

東京はあっという間に1日が終わる。そして、その先、またその先と、次々と決めなくてはいけないことが降り掛かってくる。その余裕のない時間の流れに心は少しずつ削られていったのである。

彼女の実家に行くことには抵抗があった。しかし、このまま東京にいても何も変わる気はしなかったし、何よりずっと彼女の連絡を無視していたという負い目もあった。これ以上突き放したら本当に嫌われることが怖かったのだと思う。

青森行きの新幹線に乗ったのは8月のことだった。その間、ずっとロボットアニメのOP楽曲のアルバムを聴きながら、意味もなく涙を流していたことを覚えている。

駅の改札前で僕を出迎えてくれた彼女は、甲斐甲斐しく僕を気遣ってくれた。

僕に対して思うことが山ほどあったはずなのだけれど、そんな表情は少しもみせず、迎えのクルマのトランクに荷物を積み、移動中の飲み物やおにぎりなどを買い、汚れていたメガネを拭いてくれた。

そこまでされることが恥ずかしくもあったが、この際どうにでもなれという気持ちも強く、大人しく、されるがままになっていた。

「おいらせ」とはなんだろう

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クルマの中での会話は少なかった。目の前を通り過ぎていく林木を眺め、この先のことを考えると落ち着かなかった。何より彼女の母が、実家には待っている。

どうにも、東京にいる人間のことを信用していないという節が、彼女の母にはあった。それは、ふだん彼女から聞かされる母の言動などからもおおよそ察しはついていた。だからこんな状態の僕のことをきっと温かくは迎え入れてくれないだろうと思っていた。

「落ち着いたら、明日にでも十和田湖に行ってみよう。ちょっと入った先の奥入瀬(おいらせ)渓流も走れるし」と、彼女がおもむろに提案してきた。

十和田湖と言われて、ふと頭をよぎったのは作家の高村光太郎に少しばかり縁があったはずという記憶だったが、それがどれほどの広さの湖で、どんな光景が広がっているのかは想像がつかなかった。

まして、奥入瀬渓流という場所の名前ははじめて聞いたため、「おいらせ」という言葉がどんな漢字なのかさえピンときていなかったのだ。きっと気晴らしになる、という彼女の言葉を聞きながら、あいまいにうなずいた。

何が自分にとっての気晴らしになるのか分からなかったから、きっとそうなのだろうと思っていた。

しかし、彼女の実家に着くと、十和田湖や奥入瀬という言葉は僕の中からスッポリと抜け落ちてしまっていた。

「君は『木綿のハンカチーフ』という歌を知っていますか?」

彼女の母からそんな質問があったからだ。

食事をつくって出迎えてくれたのはありがたかったが、その味もまるで覚えていない。ただただ背中のあたりから頭にかけて、ひんやりと冷たいものが貼り付けられているかのような気持ち悪さばかりがあった。

彼女の母は、厳しそうな人だった。険しい目でこちらをじっと観察するような視線を向けてくるし、テキパキと家の用具を片付けていく素振りからは、僕がそこにいないかのような振る舞いが感じられた。

正直苦手な人であった。居づらい、そう思っていた。

十和田湖、そして奥入瀬―。流れる時間の中で

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朝になって奥入瀬に行こう、と彼女にふたたび提案された時に「わたしも行きます」といったのは彼女の母だった。僕が運転を担当して、3人でドライブすることになった。

カーナビと彼女の指導を頼りに十和田湖までの道を走る。緊張していたのは、慣れない山道を進むためなのか、後部座席に彼女の母を乗せているからなのか分からなかった。

十和田湖は、青森県と秋田県にまたがる広大な湖で、日本では12番目の大きさのものだ。小高い山々に囲まれ、その周囲を走るだけでも、広大な湖を一望することができる。一帯は観光地となっており、湖畔には高村光太郎のつくった銅像「乙女の像」がある。

またヒメマスが釣れることでも有名で、最寄りの道の駅(道路沿いにある集合市場のような場所)には、ヒメマスの塩焼きなども売られている。

曲がりくねった道を走りながら、クルマより見えてきた十和田湖はシンと静まりかえっており、その青々とした湖面は巨大な鏡のようだった。大きさに圧倒されるというよりは、その美しさに見とれてしまう。

周囲の山の近くにある展望台にクルマを寄せて、あらためて見つめてみる。湖畔には小さな島々が点々と浮かんでおり、木々が深く生い茂っていた。長い時間の流れが、島ひとつひとつにもあったのだ。ずっと眺めていられるように思った。

女性組2人は、ヒメマスの塩焼きを串に刺したものを片手にビールを飲み、とても上機嫌だった。昨日の牽制はなんだったのかと不思議になるほど、饒舌に観光地のどこそこの料理がうまいといった話をしていた。

クルマの中でリラックスできたのか、あらかじめセットしておいた歌謡曲の選出が良かったのか、昨日は滞りがちだった会話も、いくぶんかマシになっていた。昔の曲について少し知識があったので、彼女の母の会話についていけたことも幸いだった。

十和田湖をしばらく散策した後、奥入瀬渓流へ。渓流沿いには車道が通じており、渓流を眺めながらクルマを走らせることができる。

窓を開けると、風と共に、流れる水音が聴こえてきた。音楽を消す。力強い滝の音と、かすかなせせらぎの音とが重なりあい、心地よく耳に入ってくる。

渓流を囲うように茂っている木々の隙間から、陽の光がこぼれ、走る道の先を柔らかく示してくれる。

川から頭を覗かせる岩の表面には鬱蒼と苔が茂っていて、全体的に青々しい光景として映えている。淀みなく流れていく時間の中に、身体ごと溶け込んでいるような感覚が湧いてきて、不思議と心が安らいでいた。

そうか、こんな時間の流れもあるのか、と気づいたのはクルマを止めて、流れる水の先を追うこともなく漫然と眺めていた時だった。

東京の追い立てられるような時間感覚とは違う。優しく寄り添ってくれるような時間の流れ。昔の人は、川を時間の比喩のようにして物事を語っていたけれど、その理由がようやく飲み込めるように感じた。

僕は何をそんなに焦っていたのだろう。

ふたたび、クルマを走らせ出した時、思い切って彼女の母に話しかけた。

「『木綿のハンカチーフ』、僕は好きではないんです。いつかは落ち着ける場所が見つかるといいのに、そう思っています。」

バックミラー越しには、彼女の母の顔はのぞけなかった。へぇ、そうなの、という落ち着いた返事が返ってきただけだった。

しかし、その言葉が聞けたことだけで、僕はいくぶんか満足していた。塞がれていた栓が外れるように、自分の中にいろんな感情が湧き出してくるのを感じたからだ。

奥入瀬川に沿って、道はどこまでも長く続いていた。どこまでも辿って行きたい、そう思った。

作者:ゆりいか
ライター.読書会主催
2010年より、WEB上で「Twitter読書会」の運営をはじめ、文芸について語り合うイベントの開催や、作家、評論家への取材、インタビューを実施。大学卒業後からライターとして、カルチャー誌やWEBサイトにて執筆を行っている。また、2016年より新宿ゴールデン街のプチ文壇バー「月に吠える」にて月曜日担当のバーテンを務めている。執筆協力に『刀剣聖地巡り』、『緊縛男子』(一迅社)など。

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