思わず発見 【クルマが運ぶエピソード⑧】『カワセミは呼んでも来ない』著:ゆりいか
  • 思わず発見
  • 2017.08.25

【クルマが運ぶエピソード⑧】『カワセミは呼んでも来ない』著:ゆりいか

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1・週末バードウォッチングの哀愁

カワセミを見たい。

最近のドライブの理由はもっぱらそれだ。都内の自然公園や河川へ自動車を走らせては、双眼鏡を片手にウロウロしている。

しかし、サギやセキレイはもう飽きるほど見かけているのに、一向にカワセミに出会えない。そういえば、東京に来てから8年、1度も生でカワセミに出会えていない。

少しでも鳥に興味のある人であれば知っているだろうが、カワセミとは川面に生息する青緑色の羽が特徴の小さな鳥だ。漢字名は「翡翠」。

宝石の“ヒスイ”と同じ漢字なのは偶然ではない。調べたところ、ヒスイの色合いがカワセミに似ていることから転用されたらしい。

たしかにどちらも美しい青緑色をしているのだから、昔の人が「同じ漢字でいいや」としてしまった気持ちは分かる。

一部の鳥辞典では羽の色について、エメラルドグリーンと表現されているけれど、個人的には「翡翠色」という表現が好きである。

なんだかその方が生きた宝石という気がして、特別感があるからだ。

北海道以外であれば、日本ではどこでも年中分布している鳥である。多くは水のきれいな河川や湖沼にいるけれど、まれに海岸や池のある公園に生息することもある。

東京都内でも決して分布数は多いとはいえないが、確実に生息しているスポットはいくつもある。特定の自然公園では、カワセミの飼育や保護まで行なわれているほど繁殖に力が入っているし、いるところにはちゃんといる鳥である。

どうして、こんなにも会えないのだろう。

思わずため息がでる。ネットではカワセミ目撃情報があふれているし、スマホで近距離から撮影した画像だってたくさん見かける。

僕が週末によく訪れる自然公園には、キャノン砲みたいな大きさのデジタルカメラをかつぎ、眼光鋭く周囲を探るバードウォッチャーの集団もいるから、やっぱりどこかにはいるはずなのだ。

毎度、観察するために自分用の双眼鏡と一眼レフ、それからスケッチ用の小さなノートを用意して、観察用のスポットに座ってじっと待っている。

だけど、いくら注意深く見回してもカワセミは現れてくれない。

せっかくの週末に何でこんなところでボンヤリしているのだろう。やる瀬ない気持ちになってしまう。

見つかるかどうかも分からないカワセミを探す間に、友人たちは映画とかライブとかクラブとかに繰り出しているのかと思うと余計に凹む。

それでも、あの愛らしいカワセミの姿を思い浮かべると、どうしても止めることはできない。

2・中学からの宿題

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中学の頃からカワセミのことは好きだった。きっかけは当時、所属していた科学部の活動だ。

活動の一環で、学校周辺の河川にいる生き物の生態調査(とは言っても、名前を特定して数を記録するだけ)があり、放課後外に出ては、秋冬にやってくるカモたちの群れや、カエルやトカゲなどを枝に刺すモズ、人前でも全く動じないアオサギなどを観察していた。

季節ごとに顔ぶれは徐々に変わるものの、特段珍しいものが現れるわけではない。

最初は好奇心と熱意で真面目に記録していたけれど、段々と適当になっていき、数を記録するだけの淡々とした日課になっていた。

多感な中学生には代わり映えしない景色というのは最も辛いものの1つだったのだと思う。

中学2年のある夏の日、いつもの記録づけに出かけた夕方に、ちょっと冒険をしたい気分になった。

学校の近くに通り抜けできない私有地の道があり、その奥にはちょっとした貯水池がある。

普段手入れがされていないので手付かずの自然が残っているため、普段のルートよりも断然生き物は多いはず。そこで記録してみようと思い立ったのだ。

子供がギリギリ通れるくらいの柵の隙間を抜け、丸太で組まれた細い道を歩いて行くと、ところどころに葦が生えた湖面が見えてきた。

いつもの観察ポイントよりも断然に美しく、こんな自然が学校の近くにあることに驚きだった。

しばらくぼんやりと景色を見つめていると、サッと自分の前を通り過ぎる影。雀にしては飛び方が直線的で、滑空しているような飛び方。

カワセミだった。

美しい青緑色の羽が貯水池の水面にザブリと潜り、すぐに浮上。水しぶきを上げて飛び立つ姿は、今でも忘れられない。

カワセミは何度か木の枝に移り、しばらく湖面を見つめていたが、やがてたくさんの葦の中へと姿を消した。

それ以来、カワセミの姿は見ていない。

もう一度貯水池にも行ったけれど、顧問にバレて説教されて以来、行かなくなってしまった。バードウォッチングは高校時代まで続けていたが、上京してからは自然と離れていってしまった。

ただ、あの瞬間のことは、忘れていない。もっと近い距離にいたかったし、ずっと見つめていたかった。

なんだかやり残した宿題を、あの場所に置いてきたような気分だった。あの偶然の時間をもっと確かなものにしたかったのかもしれない。

3・子どもでいられる時間は短い

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どうして最近になってカワセミを再び探すようになったのかと言うと、近々結婚することになったからである。

以前この連載で書かせてもらったことがあるけれど、僕には8年間ずっと遠距離恋愛をしている相手がいる。それが、つい先日いろんなことがあって、結婚するという運びになったのだ。

で、そのことがどうしてカワセミを探すに繋がるのかというと、正直ちょっと説明しにくい。

ただ、独り身でやり残したことややり直したいことを自分で振り返った時に、真っ先に浮かび上がったのが、「カワセミを見る」だったからなのだ。

この先、自分が夢中になれているものに本気で取り掛かる時間がどれだけあるのだろう。少なくとも、家族が増えればその分、相手やその周囲の人間のことを考える時間は増える。

ただでさえ会社に勤め出してから、自分の時間は極端に減り、休日はヘトヘトになった身体を休めるだけで終わってしまう。

要するに自分が大人でいる時間が増えてしまったということだ。大人でいることが辛いというわけではないけれど、素直なままでいられるかというと、自信がない。

だから、今のうちに子どもの頃の時間を少しでも大切に使いたかった。

つい先日、思い切って奥多摩にまで出かけることにした。もちろん、カワセミを見つけるためだ。

丸1日、奥多摩に貼り付けば必ず見つけられるだろうと思ったのだ。

正直、焦っていた。大人になれない自分をさっさと片づけてしまおうという気持ちがあった。

SNSでカワセミが見つかるポイントをバッチリと押さえ、撮影場所も何度も確認。友人からちょっと高価な一眼も貸してもらった。

でも、こういうことだったっけ。やりたいことって。

4・カワセミは呼んでも来ないけど

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甲州街道から青梅街道に途中で乗り換えて、あきる野市まで。市街地から徐々に緑の多い山道に入り、曲がりくねった道を進む。

もうすぐだと、嫌でも緊張してハンドルを握る手が汗ばんだ。

もし、ポイントで見られなかったらと不安でしょうがなかったのである。

僕は目的のポイント近くの駐車場でクルマを降りて、1人ではいささか重すぎるカメラ道具を抱えて歩いた。

観測ポイントの山道は険しく、運動不足の自分には明日の筋肉痛が怖かった。そういったオヤジくさい考えを持つのも、また悲しかった。

ポイントが見えてきて、さっそく後悔した。

観測ポイントの柵には、キャノン砲のようなデジカメの列がズラリ。真剣な目つきのバードウォッチャーたちが詰まっていた。

普段なら愛好者は警戒させないためにバラけるのがマナーなのだが、来ていたのはどうやら同じグループのようだった。

「ここまで来たのになー……」

ひとりごちながら、観測ポイントの端っこに荷物を降ろして四方を見渡す。たしかに、細い河川があり、枝葉も邪魔にならないかたちで生い茂っている絶好のポイントであるのはまちがいない。

そのまま観光ポスターにしても問題にならなそうな絶景だった。だけど、自分は観光ポスターを取りに来たんだっけ?

サーっと自分が白けていくように思った。

「あ、いたぞ、アソコアソコ」という、おじさんたちの小声が聞こえた。

その方向に双眼鏡を向けたけれど、何も見つけられなかった。もしかしたら、カワセミ以外の鳥を探しているのだろうか。

なんだかよく分からないまま眺めているのもバカらしくなって、荷物を担ぎ直して山道を引き返した。ため息しか出なかった。

だだっぴろい駐車場に戻り、クルマの中で汗をぬぐった。冷房を限界にまで調整しても車内にこもった熱気はなかなか抜けてくれなかった。車窓から見える青空は青く、日が眩しかった。

なんだか、急にやる気もなくし、ボンヤリと手元にあった文庫を手に取った。

結局会えずじまいだったが、血眼になって探すような焦りは、もうなかった。

考えてみれば分かることだが、大人になることとカワセミを見つけることは、直接的には関係がなかったのだ。

車の中を図書館にして、パラパラと数冊の本を読みふけっていたら、いつの間にか眠ってしまい、起きた時には夕方になっていた。

そろそろ出るか、なんのために来たんだか、と思いながらエンジンを入れる。すると、目の前をスーッと飛んでいくものがあった。

夕焼けの光を浴びてちょっと眩しく輝く翡翠の色。まぎれもなくカワセミだった。

そうか、ずっとクルマのボンネットに止まっていて、エンジン音で驚いて飛び出したのか。ということは僕が寝ている間に、カワセミはほんと目の鼻の先にいたということか。

なんだそりゃ。

「タハハ」と力のない笑いがこぼれた。

改めてクルマを発車して、スルスルと下り坂を降りていく。

もうカワセミの姿は見えなくなっていたけれど、少しも残念な気持ちはしなかった。むしろ見られていたのはむしろ自分の方だったのかと思うと、嬉しさがこみ上げてきた。

焦る必要はない。大人になんかいつだってなれると、励まされたような気がしていたのである。

山道から青梅街道に合流したが、なんだか急にラーメンが食べたくなって、知らない細道の方へと進んだ。あきる野市はおいしいラーメン屋が多い地区として有名だけれど、どこにどんな店があるのかはまるで知らない。

それでいい。適当な冒険が一番子どもらしい。

そう思って調べもせずに、アクセルを踏み込んだ。

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