みんなで行こう 【クルマが運ぶエピソード⑤】『ふたりはいつも横道逸れて』著:ゆりいか
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  • 2017.05.12

【クルマが運ぶエピソード⑤】『ふたりはいつも横道逸れて』著:ゆりいか

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1.道の果てを訪ねに

「甲州街道ってどこまで続いてんやろ?」

「山梨までやない?」

「じゃあ山梨入ったら、甲州街道は終わると?」

「そうなるやろな」

「その先は?」

「?」

「甲州街道が終わったら、その先どうなるん?一般道路になるっちこと?それとも、そこで道路は行き止まりになるっちこと?なんかデッカイ石碑とか看板が立ってて『甲州街道はここで終わりです。みなさんおつかれさまでした』とか書かれてんのかな?」

僕は知らなかった。
ネットを使えばわかる気がしたけれど、調べる気にもならなかった。

なにせ、時間は午前2時。

延々と続いた僕らの電話人生談義は、夜が深まるにつれてどんどんと横道に逸れて、そもそも何を話していたのかも覚えていないような状態になっていた。

「じゃあ、わかった。今度クルマで行ってみよう、休みはいつだ?場所は八幡山辺り集合で、そっからクルマで拾いに行くから…。」

と、いったような会話がシドロモドロに交わされて、一体全体なんでそんなことになったのかもわからないまま眠りについた。

布団は冷たくて、くしゃみが出た。

甲州街道は、東京から山梨までつながる道路の名称であり、日本橋から下諏訪までの道のりを指すので、先ほどの山梨というのは間違い。

正確には長野の中央付近まである約200kmの長大な道路なわけだが、僕の中では勝手に東京と山梨の境目くらいまでだろうという認識になっていたのである。

単純にそこまであるなんて知らなかっただけなんだけど。

ともかく、僕は電話の相手・けーちゃんとふたりで甲州街道の果てを見るなんていう、他人が聞いたら、ポカンとするような計画を立ててしまったのである。

ちょっとばかり本音をいえば、僕自身も少しは興味があった。

いつも通勤に利用する甲州街道の終わりが一体どんなものになっているのかなんて、まるで深夜のドキュメント番組みたいだなと思っていたからだ。

この結果がショボくても飲みの席に、「甲州街道を走ってみたんだけどさー、あの道路の終わりってどうなってるか知ってる?」なんて話をふれば、ちょっとはネタにもなるだろうと、そういう予感がしていたのだ。

そういう気持ちもあって、結局下調べは一切せず、ただ漠然とけーちゃんとのドライブの日を待っていた。

こうやってふたりでどこかに行くというのも、ずいぶん久しぶりだったのだ。

2.けーちゃんの帰り道

けーちゃんは、僕が東京に出てから唯一の地元・北九州から交流の続く友人である。小学校の時からになるので、もうお互いの顔を知って20年くらいが経っている。

けーちゃんはイケメンだ。その印象は子どもの頃から変わらない。

シュッとした顔つきに、キョロっとした大きな目がかわいらしく、ジュニアサッカークラブに入っていた彼の周りには、当然のように女の子たちがいた。

脚も速かったし、何より爽やかだったのだ。

天と地の差。

小学生にして、僕はけーちゃんのことを敵わない相手と思い、正直、敬遠していた。

図書館で本を読んだり、日陰で虫を捕まえて遊んだりしていた僕には、彼のような爽やかさは眩しかったし、関係ない世界の、関係の持てない人なんだろうなって思っていた。

けーちゃんの様子が変わったのは、中学3年生からである。

その頃の僕は、いつも学校の中庭にあるテント付きのベンチに寝そべって本を読むのを日課にしていた。

人と会話するのが苦手で、クラスや部活の中では浮いていたので、ひとりになることが多かったのである。

普段、こそっとタバコを吸いに来る不良か、それを監視に来る教師以外は誰も訪れることのない中庭に、けーちゃんはやってきた。

あのニタニタとしたけーちゃんの笑い顔を、僕は一生忘れることはないだろう。

正直イケメンのつくっていい顔ではなかった。

爽やかさなど微塵も感じさせなかった。

たとえるなら、いじめられっ子が暴力を受けた時に見せるような、すべてを諦めきってしまったような笑顔だった。

「あのさ、本好きなんよね…グヒ、これ知ってる?」

グヒ、とは漏れた笑い声である。手に持っていたのは1冊の文庫版だった。未だに覚えている。大槻ケンヂ作『グミ・チョコレート・パイン』だ。

「知らんよ」
僕は正直に答えた。僕を馬鹿にするために来たのかと警戒したのだ。

「これ、キンショーの人が書いた本っちゃけど…」
口をモゴモゴと動かしているけーちゃんのうつむき顔、貸してくれるということを察して、文庫を受け取った。

帰宅して、文庫を2、3ページ開いたところで、けーちゃんが僕に伝えたいことは全部わかったような気がした。

そして、けーちゃんは横道に逸れてしまったんだなと思い、嬉しいやら悲しいやら、なんだかよくわからない気持ちになって、僕は彼とはずっと友だちでいようと心に決めたのである。

3.「停車」するまでの日々

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中学卒業後、けーちゃんと僕は、別々の高校に入った。休みの日には、お互いの家に行って、CDや本を貸し借りしたり、地元の老舗レコードショップで中古CDを買いあさったりしていた。

お互い、学校の話はほとんどしなかったように思う。

これも、あとから知ったことだけど、けーちゃんは当時、学校生活がうまくいっていかなったようだ。

それについては、僕だって同じだったので、お互い口を割るのが恥ずかしかったのだと思う。

けーちゃんは1浪し、僕は先に上京。1年後、彼も大学に進学した。今度はお互いに酒を飲める年齢になっていた。

忌野清志郎が亡くなった日、八王子の田舎道をふたりで歩きながら、「雨上がりの夜空に」を熱唱した。

近所迷惑だと通行人のおじちゃんに怒られた。

一体いつの頃からなのか判別できない。

だけど、僕も多くの人たちが進むような道から、どんどん横道に逸れていくような感じがあった。

学校でもバイトでもどこかで必ず浮いた存在になり、そのことを周りからイジられたり、無視されるようになった。

それでも、横道に逸れていくのに気づいたときには、自分なりに懸命に元の道へと戻ろうとしたつもりだった。

その時、どこかで横道に逸れ続けるけーちゃんのことを意識していたことは疑いようがない。

彼を見ながら、自分ならどうすればいいかという距離を測っていたのだと思う。

その点は、けーちゃんに対する若干の罪悪感だってあった。

だけど、逸れていく自分を意識するためには、そうする以外に考えつかなかったのである。

それでも、中学、高校、大学とわりと順調に道を進むことはできていたのだ。

お互いに、少々の道の踏み外しはあったものの、止まることなく、時折、逸れた道をハンドル修正して、なんとか人生を乗りこなしてきたのだ。

少なくとも、大学までは。

就職活動の時、僕もけーちゃんも完全に停車してしまった。

それから4年間、お互いに連絡をとりあうことはなかった。

4.ふたりは、やっぱり横道逸れて

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待ち合わせの日、僕は予定時刻より30分遅刻した。そして、けーちゃんはさらに30分遅れてきた。出だしからグダグダである。

「…今日なんだけどさ、温泉に行かない?」

いや、甲州街道をまっすぐ走るんだったんだろ、と思わずツッコミをいれたが、けーちゃんは気にしていなかった。

「ほら、この前、会社で健康ランドの回数券手に入れてさ。これ今月までだから使い切りたくて」

「それどこの券よ?」

場所は、甲州街道からずいぶん逸れた場所にあった。

もう、彼の中ではもう街道を走りきるという目標はどうでもいいようだった。

正直、温泉に入りたいという気持ちは僕のほうにもあったので結局、府中にある健康ランドを目指すことになった。

クルマで30分ほどの距離だった。

それでも、甲州街道を道なりに進むことにはなった。

けーちゃんはずっと、iPhoneとクルマのオーディオをBluetoothで連動させて、好みの曲のセレクトをし続けていた。

だいたい、僕たちが高校時代によく聴いたミュージシャンの曲ばかりだった。

八王子方面へ向かう甲州街道はいつもより混雑していた。

遠くのほうで工事が行われており、若干の渋滞が起きているようだった。止まったり進んだり、自分のペースで動けない時間が長く続いた。

「あのさ、思うんだけどさ」

「?」

「横道に抜けたら、もうちょい早く走れるんじゃない?」

元も子もない意見だった。相変わらず自由だな。それも、そうか。

杉並方面の小道に迂回。ダラダラと進んでいくと、小さな商店街に入った。

「あ、この辺…」

思い出した。この辺りには学生時代によく通った本屋がある場所だった。

「ちょっと寄りたいところがあるんだけど」

「え、温泉は?」

「ちょっとくらい、いいやろ」

クルマを降りて、ふたりで商店街を歩いた。こうしてふたりで歩くのも随分と久しぶりだった。

―ふたりとも就職に失敗した後、僕は知人に勧められて始めたライターの仕事をかれこれ4年続けている。

けーちゃんは、引きこもりになっていろいろあった後、テレビ番組の製作会社に入ってADとして働くようになった。

昔からテレビの音楽チャンネルが好きだった彼にとっては、夢だった職なのだという。

連絡したのは、ふと仕事が落ち着いて北九州に里帰りした時だった。

住んでいる区が一緒で、案外近い駅にあったことに驚いた。

いつの間にか、とても近くにいる存在だったのだ―。

本屋をぼんやりと散策してから、最寄りのドーナツ屋に入って2時間ほど談笑した。もう甲州街道のことは、完全に忘れていた。

クルマに戻り、あらためて健康ランドを目指すことになったのだが、僕が完全にカーナビを読み間違え、よくわからない曲がりくねった道の中をグイグイと進むことになった。

けーちゃんが不安そうな顔をしたのは、僕の不安顔を見たからだろう。

「まったく、本当に地図を見るのは苦手っちゃね…」

「そういうところ、ホント昔からやね」

「…それでも、どうにかこうにか、やってきたつもりだったんやけどなー」

「難しいな、道を選ぶのって」

しばらくさまよっていると、甲州街道よりも小さいが、開けた道路の中に入り込むことができた。看板を探した。「旧・甲州街道」という名前が見えた。

「道は外れても、道はあるもんだな…」

僕の意味不明なつぶやきに、けーちゃんは、久しぶりに「グヒ!」と笑った。

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