みんなで行こう 【クルマが運ぶ、エピソード③】『運転のコツは、人生を上手く生きるコツ?』著:ゆりいか
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  • 2017.01.27

【クルマが運ぶ、エピソード③】『運転のコツは、人生を上手く生きるコツ?』著:ゆりいか

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歌舞伎町ゴールデン街の文壇バーで活躍する、ゆりいかさんがクルマのある生活を綴るエッセイ”クルマが運ぶ、エピソード”。第3回目の今回のテーマは、自動車運転免許合宿。

自身をあまり運転に向かないと言う、ゆりいかさん。そんなゆりいかさんが免許合宿の教官に教わったこととは?

僕はいつも気が散っている

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何に対しても気が散って、集中できないことがある。

道行く人たちの会話が耳に入ったり、スマホの通知が気になったり、家に干してきた洗濯物が風に揺れて落ちてないか心配になったり、人が集まっている中で誰かに自分の気持ちを読まれてないか不安になったり、そいつにテレパシーで交信できないかしらと試したくなったり。

まぁ、いろいろな理由がある。

僕は日々をぼーっとして過ごしている人間である。ぼーっとスマホを眺めていても、ぼーっと窓の外を眺めていても飽きない。

好きな時間はカレーをつくって、グツグツと煮込んでいる間の数時間。その間もずっと鍋の中を見ているだけ。

ときどき大した事のないことを思い出し、虚空に向かって「それなー…」とか「あれはなー…」とか「いい話だよなー…」とかブツブツとつぶやく。

傍から見ればあれほど気持ちの悪い光景もないだろうなと思う。

そんなんだから、僕は学生時代、ろくにバイトもできなかった。

本屋のバイトやコンビニのバイトも面接で落とされ、ようやく採用されたスーパーのバイトも、店長から「集中できてない」、「しっかり注意しなさい」と叱られるばかりだった。

そういえば小学生の頃から、先生に怒られる理由は「ちゃんと人の話を聞いていない」、「いつも気が散っている」というものばかり。

こちらはちゃんと人の話を聞いているつもりでも、何かひとつのことが引っかかったり、気になることが思い浮かんだりすると、意識が飛んでいってしまうのである。

つくづく、自分はクルマの運転なんて絶対しちゃいけない人間なんだろうな、と運転免許を取る前は思っていた。

合宿免許教習所のおじいちゃん

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けれど、「気が散っている」ことは悪いばかりだろうか。そもそも気を散らせていないと、うまくいかないことだってあるのではないか。

実際、僕は人の気がつかないことによく気づくと褒められたり、本のあらすじや、何かの事件の馴れ初めなど、ものごとの全体像をつかんで誰かに説明することは得意だと思っている。

それは、ぼんやりとしながら全体を見渡して考えることばかりしているからだと思う。

問題なのはバランス。

「集中する」と「気を散らす」、これをバランス良く同時にできるようになればいいわけだが、その要領はなかなか難しい。

僕がそのことに気づき、使いこなせるように努力するようになったのは3年前だ。

僕はそのことを、運転免許証を取得する教習所のおじいちゃんから教わったのである。

僕は、山形県の酒田市にある教習所で、2週間半ほどの免許合宿コースに通って運転免許を取得した。

一緒に通う知り合いもおらず、東京から単身で申し込んだ。ただ安くて、なるべく短い期間で取得できる、それだけで選んだのだ。

会場に着いてから、とても後悔した。

知り合いがひとりもいない土地で過ごすほど、寂しいものはない。

合宿所に集まっていた人たちは、どう見ても僕より3つほど年下の学生ばかりで、すでにそれぞれに仲良しグループをつくっていて、とても入り込める雰囲気ではなかった。

もちろん、単身で受講している人たちは他にもいたが、どこか近づきがたさを感じてしまって、最後まで話すことはなかった。

もしかしたら、向こうもそう感じていたのかもしれない。

ちょっと寂しかったけれど、ここにはあくまで免許を取るためだけに来たのだと、自分に言い聞かせて我慢した。

ホテルと教習所の往復の中で、唯一コミュニケーションらしきものをとることができるのは、教習所の担当教官だけだった。

諸々の手続きや視力検査、簡単なオリエンテーションを終えたあと、僕の前に表れた教官は、うらなり顔のひょろっとしたおじいちゃんだった。

正直、会ったときからゲンナリとしていた。

2週間半、おじいちゃんと毎日のように顔を合わせる羽目になるのかと思うと、なんだか自分がとても早く歳を重ねてしまったかのように思えたのだ。

「やはり自分は運転に向いていない」

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おじいちゃんは、歳に似合わず、動作がキビキビとしていて、僕にも矢継ぎ早に指示を出した。

「はい、ミラー確認した?」、「シートはどこの位置にするんだった?」、「運転中はどこを見るの?」、「バックする時にまず確認することは?」、「安全のために点検すべきはどこ?」と、いちいちの指示が疑問形になっているので、いちいち答えなくてはならない。

これが、最初はとても大変だった。

頭ではわかっていても身体がついていかないし、動作もおぼつかないから手順を飲み込むのに随分と時間がかかったのだ。

そもそも、クルマに乗り始めてから気づいたことだが、もともとぼーっとしている性格のせいで、ひとつひとつの物事に集中を傾けることが苦手だったのだ。

ブレーキ、アクセル、バックミラー、ハンドルと、個々の機能にとらわれすぎて、どれに集中すればいいのかわからなくなる。

そして、ひとつに集中しすぎると、他のことがおろそかになる。

運転とは、状況が次々と目まぐるしく変わるため、今何が大事で、何をすべきかを適宜切り替えながらやっていく必要がある。

やはり、自分は運転に向いていないなと、開始4日目までへこんでばかりいた。

僕はこのおじいちゃんに何度も叱られた。

「若いんだから、もっと切り替えをビシっと」と言われ、若さと言われてもな…と思いながら、ペコペコと頭を下げた。

ただ、その説教の中でとても印象に残っていたのが、「気を散らしながら集中する」という言葉だった。

「気を散らしながら集中せんと、見えんものもある」

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初めての教習所の外に出て路上運転する日のこと。その日はとても晴れていて、見渡す限り田園が続く中を、おそるおそると走り出した。

「もっとスピードを上げなさい」と言われ、え?そんなスピードを上げたらまずいんじゃないの?とメーターをみたら、30km/hも出ていなかった。

教習所内と違い、外で実際にクルマを走らせてみると、周りのクルマの速さに驚いてしまう。

この流れの中に飛び込まないといけないのか、と滝に飛び込む前のような心境だった。

当たり前のことだけど、道路は目まぐるしくかたちを変える。

蛇行はもちろん、教習所内では体験することのなかった坂道や、細道、足場の不安な亭な道など、ひとつひとつの道が難問だ。

しかも、他のクルマが今どう走っているか、信号はどうなっているか、道路標識は何を指し示しているか、通行人はいないか、目まぐるしく視点を動かさないといけない。

事故は起きなかったが、完全にテンパっていた。

ぼーっとしている人間というのは、いざという時に集中できない人間のことを指すのだと思われて、とてもへこんでいた。

普段から、もっと気を張った生活をしておけばよかったと、このときばかりは考えていた。

交差点に差し掛かり、長い信号待ちをしている間、自分の口から大きくため息がでた。合格する気がしないと思っていた。

すると、おじいちゃんが独り言をボヤくようにこちらに語りかけてきた。

「クルマに乗っているときな、人間ずーーっと集中し続けるってのは無理なんだ。必ず、どこかで気が緩んでしまう。とくに長い距離を走っていると、気が散ることも多くなる。

もちろん、そういうときは途中で休むに限る。これ覚えておけよ。でだな、1点をずーーっと集中し続けるんじゃなくて、集中が続くように周囲に気を散らしておくんだ。

なんとなく、気を散らしておけば、いざ自分の前に変な車が追い越しに来たときとかもパッと対応できるってもんでさ。

でも、これが別のことに気をとられたままだと、できん。だから、ずーーっと同じところ見てるんじゃなくて、ちょっとずつ気を散らしながら、集中するの。いい?」

僕は、おじいちゃんの「ずーーっと」って言い方が気になって、それが頻発するもんだから思わず笑ってしまいそうになったけど、その言葉はなんとなく心に残った。

この合宿所に来てから始めて、運転のコツのような、人生のコツのような何かを聞けたような気がしたのである。

それから、常に広く視界を見て、なんとなく周囲に気を散らすように心がけた。

そういう姿勢になると不思議なもので、とても冷静に状況を見渡せるようになるのである。

その後、何も起こらず駐車に至ったときは、運転のコツをすっかり得たような気がしたのである。

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最終試験前、担当のおじいちゃんとの最後のドライビングの日。

それまで、僕はおじいちゃんからの指導ですっかりと慣れた気になっていた。

集中と気を散らす両方に気をかけながら、的確に状況を把握してハンドルを切り、アクセルやブレーキを踏む。

少々スピードを上げてもビビることはなくなり、高速道路での運転もパスすることができた。自分の上達の速さに舞い上がっていたのだと思う。

しかし、この日のルートは、これまで通ったことのない山道を指示された。

小さな山を登って降りるというコースで、蛇行と坂道の多さがこれまでのものとは桁違いだった。

集中、気を散らす、集中、気を散らす…と心のなかで唱えながらも、運転にはこれまでのような余裕がまったくなかった。

ヒィヒィ言いながら、なんとか頂上付近までたどり着いたとき、黙っていたおじいちゃんがふいに話かけてきた。

「ほらほら、道ばっかり集中してっと、外の景色も見えてねぇんじゃねか?」

笑われて、ふと横を見た。眼下に広い海岸が広がり、ウミネコの群れが水平線に沿うように飛んでいた。

その景色に見とれながら、頭のなかで考えているうちはまだまだ未熟だな、と気づき、僕は苦笑いした。

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